結婚と夫婦別姓、フランスのPACSに思うこと

こないだテレビで「ニッポンダンディ」を観ていたら、ちらっとPACSという制度の話が出た。
フランスの、結婚ではないが同居するカップルが契約すると行政的に結婚に近い扱いが受けられる制度らしい。

気になったので少し調べてみた。
民事連帯契約 – Wikipedia

そのテレビで話してた話の中で私がもっとも気になったのは「PACSの人はかなり浮気する、浮気があまり悪いこととされてない」という話だった。
それって、「人は神に誓わないと浮気するのが普通」ということ⁉と思ったのだ。
事情は色々実際には違うのかもしれないが、今日のテーマはそのへんで

「手続き的、システム的にはさほど変わらない代替案があり、しかし意味的や哲学的に異なる制度をみんなは(日本は)どう扱うのか」

という話だ。

実はこの話の前段階には、このへんにまつわる超、ちょーーー長い考察と実験(?)があるのだが、それを書いてからにしようと思うと今のペースだと死ぬまで書けなそうなので割愛する。

私は結婚を考えるにあたって、かなり長い間「私にとっての結婚とはなんなのか?」を考えていた。
最終的な結論としては、それは「保証されない未来に対して、覚悟を決めて、どうなっても自分はこうするという決意を誓うこと」だった。

その決意が基本決まってから今の夫と正式に付き合う(「付き合う」に「正式」ってへんだけど)ことにしたので、そのときには「結婚を前提としたお付き合いをしたいです」と半笑いで言ったことを覚えている。
夫はきっと、こいつは何を言っているんだと思ったことであろう。

私は精神的には宗教を持っていない。強いて言えば、「科学教」の信者だと思う。私が結婚を誓う神は外にはおらず、でも私は私の中の神に誓ったので、それでいいのだ、と思って結婚した。

私のことはケースの中の(多分けっこう異端な)ひとつだが、結婚の意味が空洞化していて、自分でなんらかの意味付けを行わないと結婚ができない、という状況は、今の日本では相当数あるのではないかと私は思っている。

で、私は結婚してだいぶ経つまで「夫もそれなりに似たようなものだろう」と漠然と思っていた。
でも結構違ったみたい。
今日書いていることは、そんな、私とは結構違った夫の意見を聞いていて私が最近考えるようになったことである。

例えば夫婦別姓の話である。
夫婦別姓の議論はうちの中では「紛糾する話題」で、何度かやりあったが、もうだいたいお互いのポジションがわかった(一致はしてない)ので、今は平穏である。
これも知るまでにだいぶ時間がかかった。

そもそも私は、夫婦別姓を別にどうも思っていない。
もう少し解説すると、そもそも「名前というのは一種の記号で、実在とは別のものだし、環境とともに変わって自然だし、記憶が残っていれば別にどう変化してもいい」というような感覚で私はいる。
保守とは反対側どころか、反対側のリベラルをさらに通り越してアナーキーである。

私はこのへんも漫然と、夫も私と似たようなものだろうと勝手に思っていた。
ところが、夫は保守だったのだー!びっくり。
厳密には、一般的な「保守」とはちょっと違うし「ネトウヨ」とかとも違うのだが、まあとにかく私とは全く違っていて、夫は「夫婦は絶対同姓、原則夫の姓に合わせる」と思っていた。

そんなふたりが実際、自分たちの姓を決めるときにどうなったかと言うと、婚姻届を書くときに

私「そういえば話してなかった気がするけど、加藤(夫の姓)でいいんだよね?名前」
夫「あ……うん!」

で終わった。
私は名前とかどうでもよかったのである。
私にとっては、「婚姻届を出すには区役所に行かないといけない」と同じくらい、意味はないけどちゃんとするには現状やっとかないといけないこと、のひとつでしかなかったのでそう扱ったのである。

ところが、すごく後になってから聞いたのだが、このとき夫は、私の思想は保守でだけはないことは知っていたので(多分イヤになるほど知っていたので……よく結婚してくれたね……)姓を決めるときに揉めたら最悪結婚できなくなるかもしれないと思っていて、あっさり夫の姓に決まったときは心底ほっとしたらしい。
ごめんね……夫のそんな不安にまっったく気づいてあげられない妻で……。

まあともかく、例えばこの夫婦別姓の話が
「手続き的、システム的にはさほど変わらない代替案があり、しかし意味的や哲学的に異なる制度」
なんだと思うのである。

戸籍上の名前が変わったところで、別に制度的な不利益はない。
今までその名前で知られていたメリットを失うとかそういうのが気になる人は、戸籍はともかく、仕事上などでは改姓前の名前を使い続ければいい。
でも、夫婦別姓にこだわる人はいる(らしい)。
保守も感覚的にはそれほど理解出来ていない私なので、夫婦別姓にこだわる人の感覚はさらに理解出来ていないと思うので語るのもなんなのだが、それが、
「意味的や哲学的に異なる」
ということなんではないか、と思う。

逆に、名前が同じだからといって、システム的に保証されるものも何もない。
でも、そこには多分、家族の一体感とか、仲間になるという意思の表明とか、なんかそーゆーものがあったり、伝統に与している感覚とかいうのが、何かうっすらとあるのではないか。
たぶん。
私にはあまり重要じゃないけど、日本人の大半にはそういうの実は重要な気がする。

例えば冒頭に書いたPACSもそうだ。
メリット的には結婚とそれほど変わらないらしい。
しかし、どうも、伝統的な結婚に当てはまらない人の不利益を解消しようとして作った代替案は、結果的に結婚とは
「意味的や哲学的に異なる」
制度を作って、それによって人々の思想を徐々に変えていってるのではないか、と思うのだ。

今の日本の状況だと、少数の困っている人を困らなくするためには、なんでも個人の意思で好きなように選択できるほうに変えればよい、という方向に強く傾いているように私は感じている。
でも、それによって、たぶん大きく変わってしまう倫理観とかがあるんじゃないかと思う。
それを見落としたまま決定するのは、私の感じるところだと、多くの日本人は望んでない結果をもたらすんじゃないだろうか?

えーまあ……私自身はわりと別にいいってところが、あれなんですけどね……。
でも私の感覚って、あんまり平均的な日本人の感覚じゃないと思うよ。
みんないつも白い目で見るのに、その私と同じような決定してほんとにいいの?っていうあたり。

PACSについてはほんとはもうちょっと語りたいところもあるのだが、ながくなったので今日はここで終わり。

結婚と夫婦別姓、フランスのPACSに思うこと」への3件のフィードバック

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